もっとも大切なボランティアは、自分自身が一生懸命生きること | 池間 哲郎

もっとも大切なボランティアは、自分自身が一生懸命生きること。 | 池間 哲郎

台湾で、そしてフィリピンで出会った衝撃が、
子どもを守ることに自分を向かわせた

アメリカ人たちの日本人蔑視風潮の濃い基地の町コザ(現沖縄市)で育ったことが、その後の自分の生き方に大きな影響を与えたと思います。当時の米兵達の沖縄の住民に対する差別意識による理不尽さは目に余るものがありました。そのような体験をしてきたからこそ人間は何処の国に生まれようが同じだ、人を差別することは間違っていると思うようになりました。

1983年、29歳の時に勤めていた家電メーカーを退職し映像制作会社のJANを設立しました。1990年頃から台湾山岳民族の人身売買、貧困問題などに興味を持ち始め資金や物資の援助を始めました。
それは本当にきっかけに過ぎなくて、「一生やって行こう」と決断したのは、また後のことです。
1993年、取材のために訪ねたフィリピンのゴミ捨て場が決断の場所でした。ゴミを拾いお金に換えて生きている少女に「あなたの夢は何ですか?」と聞いたら「私の夢は大人になるまで生きることです」と答えました。3歳ぐらいの少年が真っ黒になりゴミを拾っていた。手を見ると爪が裂け血を流している。そんな姿を見て、最初は「かわいそうだな」と思っていたのですが、しばらくすると「この子たちは、どんなに辛くても一生懸命に生きている」と言う思いが湧き上がり、そしてその思いは尊敬に変わっていきました。

その時、私は35歳でした。「こんな小さな子どもが一生懸命に生きている。それなのに大人の俺は、何をしていたのだ」と、これまでの自分の人生が恥ずかしくなってしまいました。そして、「これからは、この子たちのように一生懸命に生きていく」と固く誓うと共に、この様な子ども達の支援を生涯、続けて行くと決断しました。

10年近くは自分のお金を使い、一人で調査や支援活動をやっていました。誰も巻き込むつもりも無く全てが自己責任で行っていたのですが、マスコミが取り上げるようになると回りの友人達から「皆で団体を作り、やって行こう」と声が上がり1999年に「NGO沖縄」を設立し、そして2003年、現在のNPO法人アジアチャイルドサポートになりました。

4000名の会員の皆さんと共に命を支える

現在の、会員数は約4000名。会員の中には一人暮らしのお年寄りや障害を抱えた方、刑務所に服役中の方も居ます。「自分たちにも出来ることがあった」と応援してくれています。1年以上続けている会員の方が退会することは殆どありません。退会率は1%ぐらいではないでしょうか。経営者、サラリーマン、主婦、学生と様々な方がサポーターとして共にアジアの子ども達を支えています。そして、共に命の尊さを学んでいます。

会員の皆さんには足を向けて寝ることは出来ません。「何の見返りも無く、自分のお金を出し、支え続けて頂いている。」方々に感謝の想いでイッパイです。会員の皆さんに対する私が出来る恩返しは実績しかありません。絶望的な貧しさの中でも懸命に生き抜く人々、子ども達を一人でも多く支えて行くことです。

現状としては4000名の会員で20万人近くのアジアの人々を支えています。国や県などの助成金無しで一人一人の善意で活動し、ここまで大きな活動を続けているのは日本では稀なことだと思います。私が納得出来ないのは「一人の小さな力」と言う言葉です。決して「小さな力」ではありません。「一人の大きな力」です。月額1000円の会費を出し支援してくれる方が居たから活動が出来て、その活動を伝えてくれたから広がっていった。そして、学校や井戸、孤児院、研修センターなどが出来、多くの人々が支えられるようになった。一人の力は偉大です。

5カ国135の継続事業、日本の子ども達の健全育成

現在私たちが行っているのは、アジアの途上国の人々をまず支えるということが、一つの柱です。もうひとつ、さらに大きな柱としてあるのが、国際協力を通した日本の子供たちの育成運動なんです。“生きる”ということをもう一度考えようと、日本人に呼び掛ける運動なんです。この柱を基準に、国内外で活動しています。

国外活動でもっとも活動しているのはミャンマーです。60校の学校を建設し、約25000人の子ども達が勉強できるようになりました。350余りの井戸の建設により16万人の人々の安全な飲み水を確保しています。ハンセン病患者の皆さんが隔離されている森に保護施設を建設し食料、医療援助も行い約600名の人々の命を支えています。
カンボジアでは学校が2校。地雷被害者などの障害者の皆さんが職業訓練などを行う自立センターを3棟建てました。井戸の建設、メコン大学へ通う地方出身大学生40名に対する奨学金援助など。

モンゴルでは児童保護施設を4棟完成させ、音楽学校も建設いたしました。児童犯罪やホームレス児童を扱うウランバートル児童警察の保護施設の改修工事、ゴミ捨て場に暮らす子ども達への支援などを行っています。
タイでは親をエイズで失った子ども達が暮らす孤児院を支援しています。スリランカでは貧困家庭児童に40名に対し奨学金支援を行い、タミール人集落などでの水道施設建設やトイレ建設、農業支援などを行っています。

ミャンマーが全体の35%、カンボジア30%、モンゴル10%、スリランカ10%、タイ5%の割合です。
ミャンマーには現地スタッフが2名。カンボジアでは日本人の所長が頑張っています。基本的には日本人を現地に連れて行くのは難しい。暴力も頻繁に起きます。何があってもおかしくない。命の危険にさらされている人々を支えているのですから、いく時はハラをくくらないと始まらない。自己責任で共に同行するのは構いませんが責任は持てません。万が一、何か事件が起きて命が失われるようなことが起きると、これまでの努力が無駄になってしまいます。

日本人も助けられました。そして、今、互いが支えあう

日本が今の様に豊かになったのは、つい最近のことです。わずか40年ほど前までは貧しさのために自分の子どもを売り、捨てることも良くあることでした。日本人が忘れてはいけないことがあります。それは「私達、日本人が多くの国の人々から助けられた民族である」ことを。第二次世界大戦終了後、日本は荒れ果て食べ物も無く多くの人々が飢餓に直面しました。その時、アメリカ、ヨーロッパ、南米などの多くの国の人々が日本人を助けてくれた。東海道新幹線、黒部ダムなどの建設資金を出し、当時の道路、水道、電気などの社会基盤の整備をしてくれました。だから今の平和と発展があるとも言われます。

途上国の貧しさの原因は、その国の政治体制や習慣など深く大きな問題があります。アジアチャイルドサポートのような小さな団体が介入できるものではありません。だから、出会った人々を何とかする。それが基本かも知れません。私達の活動によって救われる人々は針の先にしか過ぎない。

18年前に、この活動は私、一人で始めました。たった、一人の活動が、今では4000名もの仲間になり、20万人もの人々を支えることが出来るようになりました。アジアチャイルドサポートの仲間は増え続けています。もしかしたら100万人の同志が出来るかもしれない。もしかしたら1億の人々を支えることが出来るかもしれない。そのような想いで日々、頑張っています。

会費使途の透明性、監査法人の導入

現場で、どのような活動を行っているのかも大事ですが、同じぐらい大事なのは資金の透明性です。多くの日本人の温かい善意のお金を預かるがゆえに公明正大さが重要です。善意の会費、募金がどれだけ集まり、どのように使われているかを広報誌やホームページなどで常時、公開しています。

また、監査を友人や知人に依頼しては対外的な信用に疑問が生まれます。当団体は東京の新日本監査法人に、あえてお願いしています。日本国で最も厳しい団体で監査をお願いするとの考えでハードルの高い監査法人を選びました。初めてお願いしたときには新日本監査法人所属の公認会計士が「ナゼ、こんな小さな団体が、ここまでするのだ」と驚いていました。NPO法人の小さな団体だから費用は、かなりまけてもらっています(笑)。新日本監査法人を入れることで資金の流れを透明にし、公明正大に外部に発表する。これには絶対の自信を持っています。

団体によっては会費や寄付金などの、殆どが事務局費や維持費に使われ事業費には微々たるお金しか使われないことも良くあります。組織の形態の違いですので批判することはありません。アジアチャイルドサポートがこだわっているのは事務局費を20%以内に納めることです。2割を超えると活動をやめるとはっきり宣言しています。現状は事務局費約17%、事業費が83%です。有る程度の規模の団体では脅威的な数字だと思います。

会員の皆さんは自分が出しているお金が、どのように使われているか関心を持つのは当然のことです。会員の殆どの方は私の講演を聴き、私が書いた本を読んで感動し共感しサポーターとして申し込んでくれました。信頼して大事なお金を任せていただいているわけですから、使途に対して真剣になるのは当然です。

現地の人々と話し合い、現場を見てから

私は現場主義です。例えば学校建設の要請があるとします。その場合、必ず現場に行き現地の人々と話し合い、調査をしてから学校建設の準備に入ります。工事に入る前に村人、村長などの土地の代表者、行政の方々など意見を交わす。学校完成後は、どのように運営していくのか、教師はどうするかなどを話し合う。現地の建設会社と契約を交わすときも慎重です。金額を決定し信頼が置ける業者かどうかの確認も重要。建設費を支払っても工事をしないことも途上国では良くあることなのです。そして、やっと工事着工です。

このような活動は皆さんが思っているような綺麗ごとばかりではありません。誠実に信頼しあってなどと甘いことは通じない世界でもあります。時には騙されることも有る。ドロドロとした世界と向き合う場面も生じます。初めての現場には私自身が出向きます。現地調査、工事確認、運営状況確認などは重要な役目です。そして、現地の方々と信頼関係が出来た後はアジアチャイルドサポートのスタッフや現地スタッフが担当いたします。年間に2ヶ月ぐらいは海外を飛び回り、8ヶ月ぐらいは全国を講演のために走り回っています。東京の自宅のベッドで寝ることが出来るのは年間60日程度です。

今年は海外出張を最小限に抑えています。5月にミャンマーでサイクロンが吹き荒れ、私達が活動しているエヤワディー管区の被害が甚大で10万人以上の尊い命が失われました。現地には当団体のスタッフが、何処よりも先に駆けつけ食糧、生活物資、簡易学校建設などを開始しました。予算も1億円ぐらいは投入することでしょう。現地は私が居なくても支援事業は展開していきます。私の一番大事な役目は資金を集めることです。

講演を行い、現地で子ども抱きしめ、施設などを建設するなどは私の活動の5%に過ぎません。一番大事な仕事はマネジメントです。頭を下げて支援をお願いする。この役目は非常に辛くて苦しいものです。しかし、マネジメントを、しっかり行うからこそ資金が集まり、多くの命が支えられる。お金が無いと何も出来ません。目の前で死にそうな命があっても手を差し伸べることも出来ません。

最終的な自分の姿に向けて、1歩1歩進んでいくだけ

アジアチャイルドサポートの目標は、会員、10万人体制です。アメリカへの事務局開設の準備にも入っています。私の頭の中には、自分が、あと20年生きる前提での未来像が明確にあります。その到達点に向かって地道に確実に、下を向いて一歩一歩進んでいくだけです。足元をちゃんと見て歩むしかありません。

成功するとかしないではなく、今、現在、このような位置に居ることは、アジアチャイルドサポートをはじめるときに決めていました。だから、最初から成功しているのです。この活動を始めた時には、お金も信用も支えてくれる方も誰も居ませんでした。たった一人で支援活動を行っていました。地道に続けていたら、いつの間にか多くの皆さんが支えてくれるようになり、莫大な浄財が集まるようになり、大変な状況で生きている20万にも及ぶ人々を支えることが出来るようになりました。

ただ、私の活動に対する姿勢は始めたときと何も変わっていません。一歩一歩、歩んでいるに過ぎません。しいて言うならば、最初の頃は一歩の歩幅が1メートルでした。今は一歩の歩幅が100メートルになったような感じです。しかし、自分にとっての一歩は何も変わっていません。初心を忘れてはいけません。一歩、一歩、続けることが成功ではないでしょうか。

 

自分のことは忘れ去ってもらってもいいという覚悟  

 

私も人間です。自分が路上で保護した子ども達が一番可愛い。その子達ばかりが気になります。でも、その気持ちを見せたらアウト。リーダーの資格はありません。全ての子どもを平等に愛する深い心が基本です。孤児院などに暮らす子ども達の心の傷は深い。もし、私が特定の子を特別に愛すると多くの子どもが傷ついてしまう。子どもは抱かないようにしています。これは辛い。私は子ども好きですから。

 

いつも、子どもを抱きしめたいと思っています。でも、ズッと遠くから見ているだけです。アジアチャイルドサポートが支援を行っている孤児院などに暮らす子ども達には「大きくなって施設から出て行ったら、日本人のことは忘れなさい」と常に言っています。「感謝する必要は無い。おじさんと偶然に会ったとしても挨拶をする必要も無い」と。だって、彼らは施設を出て行った後の人生が大事です。過去を忘れ、前を向いて生きていくことが大切です。「見返りは一切求めない」のが、このような活動のリーダーの務めです。

一番危ないのは日本の子どもと親

私が一番心配しているのは日本の子ども達です。子どもをペット状態で育てている母親が多くなったと感じています。子ども達は「お母さんが何でもやってくれる」と思い込んでしまう。そのうち「お母さんには何をやっても良い」と思ってしまいます。子どもが20代、30代になってくると、母親は子どもが欲しがることを叶えるのが出来なくなる。「お母さんはやってくれるのが当たり前なのに」と憎しみが生まれる。それが「お母さんには何をやっても良い」と暴力も出てくる。今後、そのような状況が多くなることは間違いないと思っています。

過保護は暴力よりも人を苦しめます。過保護で育った子どもは一生苦労することでしょう。「何でもやってもらって当たり前」と育てられた子ども達が幸せな人生を送ることは難しい。お父さん、お母さんが、もっと強く厳しくなって欲しいと願います。愛情には厳しさが必要です。

これまで沖縄から北海道まで全国、1000校近くで講演をさせていただきました。荒れている学校もかなり有ります。特に中学校が問題です。教師の言うことは聞かない。講演が始まってもおしゃべりは止まらない。暴力が出ることも有る。「大人は子どもから逃げてはいけない」と本気で子ども達と向き合います。すると、殆どの子ども達はわかってくれます。涙を流す子どももイッパイ居ます。「日本の子ども達は、まだ大丈夫」と実感する。

私の講演は客観性に徹しています。主観は殆ど入れない。99%は報告です。主観は最後の一言、「最も大切なボランティアは自分自身が一生懸命に生きるからこそ、自分の命も他人の命も尊いと思える、真剣に生きるからこそ他人の悲しみや痛みを感じること出来るのだと考えています。

NPO法人 アジアチャイルドサポート
http://www.okinawa-acs.jp/

池間 哲郎

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